※トリプルお題
大胆、山中、探偵/マグカップ、馬、時計/修正液、ホオジロザメ、オムライス
車体に会社のロゴの入ったライトバンのハンドルを握って、県道を走っている。先方での交渉と作業を終え社へ戻る途中だが、ちょうど昼のいい時間なので腹が減ってしょうがない。信号待ちで停止して、俺はギアを一速に落とす。
助手席に座った宮沢さんは、
「私一応マニュアルで免許取ったんですけど、結局怖くてオートマしか運転できないんですよ。工藤さん、運転上手ですよね」
と言う。
「いやいや、仕事でずっと乗ってるからそう思うだけだって」
俺は謙虚にそう言ってみせるが、車の運転は好きだし、得意だ。運転上手は床上手、なんつって。
俺はこの会社へ入社してからずっと、支社の技術部門で働いている。
宮沢さんはこの支社の営業課に転属してきて二年目、入社年度では俺の一年後輩に当たる。黒髪のショートカットで、いかにもスポーツ得意です、って雰囲気のさっぱりした女の子だ。営業課の女性にしては化粧気があまりない。喋り方も媚びている感じが全くなくて男っぽい。彼女のそういうところが俺は好きだ。
部署は違うが仕事上結構絡みも多いので自然と仲良くなり、先月俺の方から告白して付き合い始めることになった。そんな俺たちの関係をまだ他の誰も知らない。
社内恋愛には寛容な会社なのでそれほど神経質になる必要もないのだが、何となく気恥ずかしいのと、一応礼儀もあろうしということで。
信号が青に変わったので、車を発進させる。時計を見ると、12時を回っていた。
「そろそろ昼休憩にしますか」
このまま社に戻ると休憩時間がなくなってしまうので、外で昼食を取って帰ろうと宮沢さんへそう言うと、宮沢さんはニコニコしながら足元に置いてある袋をがさがさとやり始めた。
「お弁当作って来たんですよ。私のと、工藤さんのぶん」
「えっ、ホント?」
「口に合うといいんですけど」
うわーい、やったー! とはしゃぎたい気持ちを抑え、俺はクールに、
「嬉しいなあ、ありがとう」
などと言う。宮沢さんは、
「一緒にお客さんのところに行くの、久しぶりだったんで」
と、ウフフと笑う。可愛らしい。
俺は近くの山中にある展望台へ行こうと、県道から山道に逸れた。しばらくうねうねと進むとやがて視界が開けてくる。サラリーマンのサボり、もとい休憩には持ってこいの場所なのだが、着いてみると誰もいなかった。眺めのいい場所へ車を停めて一息つく。
宮沢さんって意外にも家庭的、ああ俺の幸せ者め。
噛み締めながら俺は車を降りてライトバンのハッチを上げて、ごちゃごちゃに置いてある荷物や工具もどけて、二人で座れるだけのスペースを空けた。
山の空気はひんやりしていて、気持ちがいい。
宮沢さんは腰かけて小さな弁当箱と俺のぶんと思われる大きめの弁当箱、それから水筒とマグカップを二つ取り出した。マグカップの一つはこの間買ったやつだった。
付き合い始めて最初のデートで俺たちはオフィスで使うためのお揃いのシンプルなマグカップを買った。俺のは外側が黒、内側が白。宮沢さんは外側が白で内側が黒いやつだ。
宮沢さんはカップの裏底にマッキーの太い方で「宮 沢」と書いた。デカデカと大胆な文字だったのがやけに彼女らしくてちょっと笑った。
俺のカップは黒地なので、修正液で「工藤」と書いてみた。うまく書けなくてヨレヨレで、俺の性格ってこんな感じ、とちょっと項垂れた。
付き合っているのをバラしたいわけではないが、こっそりお揃いの物を使っているなんてドキドキしていい。フロアが違うので、まず気付く人はいない。俺たちだけの秘密だ。
「それ、わざわざ持って来たの?」
律儀にオフィスから持ってきたらしい宮沢さんへそう尋ねると、
「はい、お味噌汁が飲みたかったので」
宮沢さんはそう言いながら、フリーズドライの味噌汁の封を切ってカップの中へそれぞれ取り出した。
「カップ味噌汁買っても良かったのに。コンビニ寄るくらいなら平気だよ?」
俺がそう言うと、
「このマグカップで飲みたかったんですよ」
と答えて、目を細めて笑った。乙女なこと言うなあ、と感心して、ちょっとほっこりしてしまう俺だ。
「でも工藤さんのマグ、設計課から盗み出してこれませんでした」
そう困ったように宮沢さんは笑いながら、同じく営業課から持ち出してきたのだろうUSJの土産と思しき ホオジロザメがプリントされたもう一つのマグカップへ魔法瓶からお湯を注いでくれた。味噌汁の具がしわしわとほどける。
宮沢さんの作った弁当は格別だった。料理上手なのかよ、俺ってばどうしよう、絶対俺にはもったいない、などとニヤけてしまう。
あまりの腹の減りように色気もなくガツガツと弁当を平らげてしまった俺は、まだ食べている宮沢さんの食事風景を眺める。
色白の頬に乗せたチークが変にピンク色で、それがもくもくと動くので面白い。オカメインコみたいで、そんな化粧があまり上手くないところも可愛い。とはいえ、俺はまだ宮沢さんのすっぴんを見たことはないのだが。
「ごちそうさまでした。すごく美味しかったよ、ありがとう」
俺が言うと、宮沢さんは「良かった〜」と気の抜けた声を出すので、俺は笑った。
こんな人けのない場所に二人きりで、食欲が満たされてしまうと、少々ムラッときてしまうのは男の悲しい性だ。
ちょっと黙ると、鳥の声と風で木の葉がざわざわする音しか聞こえない。
「宮沢さん」
と呼んで不意打ちみたいにキスをする。オカメインコの頬っぺたはきゅっと更に赤みを増したように見えた。
「仕事の合間にこう……、こういうことしてると、何かすごく悪いことしてるみたいに感じますね」
エヘヘ、と宮沢さんはそう呟いて笑う。俺もなんだか妙に恥ずかしくなってしまった。そして、誰もいないからといってここで押し倒してやろうなんてことはさすがに考えていないが、どうしても宮沢さんが欲しくてたまらなくなってしまう。
抱き寄せてもう一度ゆっくりキスをすると、宮沢さんも応じて俺に体を摺り寄せてくれた。腰に回している手でスーツの上から背中や脇腹を撫でると、宮沢さんは口の端からふうっと息を漏らす。唇の間に舌を入れてみると、ちょっとびっくりしたように呼吸が乱れたが、すぐに少し口を開いて受け入れてくれた。宮沢さんの舌はねっとりと、しかし性急に俺の舌に絡んできた。どう動かしたらいいものか分からなくて、とにかく必死で俺の舌を探そうとしているようにも思えた。
「んっ……、ふ……」
口の中を舐め回されながら小さく声を漏らす宮沢さんに興奮する。
ああ、しかし今は仕事中なのだ。宮沢さんも俺もこれから社に戻れば事務処理が待っている。
まだ足りない唇を離すと、宮沢さんはなんとなく切ないような表情をしている。多分俺もだろう。
「あのさ、弁当のお礼ってことでもないんだけど……」
俺が改まって低い声でそう言いかけると、宮沢さんはゆっくりと頷いた。
「宮沢さん今日の晩、ウチで飯食わない……? 俺の作る料理はあんま美味くないかもしれないけど、頑張って作るんで。オムライスとか、親子丼とかだけど……」
俺、部屋に誘うのに必死だな。我ながら馬鹿さに呆れる。あからさま過ぎて引かれないだろうかと心配する俺に宮沢さんは、
「はい、いいですよ。明日、休みですし」
はにかんだように答えるのだった。
金曜日、今日は一人でビール飲みながら探偵ナイトスクープなど見ている夜にはならないはずだ。
了
初出:Sep30, 2010 エロパロ板【三語のお題で】三題噺inエロパロ【エロを書け!】