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夏海

潮風、というのは無条件に憂愁を運んでくる言葉であるから、すかしたことを言いたくないのなら海臭さ、磯臭さ、ただそういうふうに呼ぶ。優司は松林の中をさくさくと歩いて、林を抜けると砂浜に降り、スニーカーを脱いで揃えて、靴下を丸めて入れた。貝殻や砂利が土ふまずに刺さってきて痛い。盆の入り、人も少なくなった夕暮れの海水浴場で、ジーンズの裾をまくって足だけ海に入った。流れてきた海藻が足の指にまとわりついてくるのを、すわ、クラゲか、と思い、びくついて跳ねた。塩水にずっと浸っていても、人間の体はナメクジのようにすぐさま浸透圧でしゅわしゅわに縮んでしまうことがないよう出来ているのがすごい。よくぞここまで進化した、と手の甲の皮膚を引っ張ってみる。

瀬戸内海に浮かぶ小さな島に、優司の父の生家はあった。本土とは橋で繋がっていて、JRの駅からバスで一時間だ。それほど極端な田舎ではない。少し歩けば農協の商店があるし、バスもそこそこの頻度で来る。この島は海岸のすぐ側に切り立った山がある。高低差の激しい土地だ。山には岩肌が見えている箇所が点々とあり、この山からは御影石が取れた。

幼い頃に優司が驚いたのは、この島の人たちは家の鍵を閉めないということだ。多くの家は車の通れない細い路地に向かって玄関がしつらえてある。同じ田舎でも、優司の母の郷里である山間部の田舎は鍵を閉めるが、ここのように海の田舎は鍵を閉めない。

優司は大学受験を控えているから、今年の夏は一人で家に残って勉強すると家族へ言ったのだが、却下された。大人には色々と面倒な事情があるようだ。盆休みのラッシュの中、引っ張り出されてしまった。それにしても東京・広島間の新幹線はぎゅうぎゅうで、とても落ち着いて休めたものではなかった。

盆の入りには島のあちこちで盆踊りがある。青年がやぐらの上で太鼓を打ち鳴らし、古い民謡をうたう。その年に亡くなった人を出した家が祭りの運営費を負担する、という決まりがあって、その家の若い者が酒やつまみを配り歩く。そこでは香具師など商業活動の一切が行われない。町の者は飲んだり食ったりしながら、夜通しひたすら踊るのだ。弔いのための祭りである。

優司は小さな頃からこの祭りが好きだった。家の近くの広場が盆踊りの会場になっていて、この日は夜更かしが許されるのだが、昼間の移動疲れと踊り疲れで、日付が変わる前に瞼が重くなった。くたくたになるまで踊って、朝気付いたら家の布団に寝かされていたものだ。優司はこの祭りの終わりを見たことがなかった。太鼓を鳴らし、民謡をうたう青年たちが、いずこからやってくるのかも知らないし、翌朝になれば、広場はもう綺麗に片づけられていて、何も残っていない。夢のようだった。

海水浴場から帰って来た優司は、家の掃き出し窓に腰掛けると、ホースを引っ張って来て、砂まみれの足を流した。

優司と同い年で、昔馴染みの少女が隣の家に住んでいる。優司が盆正月と、この家へ来るときにはよく遊んでいた。彼女は夏海という。優司の思う、この町のイメージと同じ名前を持った少女だ。優司が目を上げると、隣の家の窓には夏海とその母親が何やら忙しく、くるくると動いているのが見えた。それを何とはなしに眺めていると、夏海は視線に気付いたようで、窓越しにこちらへ手を振ってきた。夏海は笑うとえくぼができる。優司は手を振り返した。

すっかり日が暮れて太鼓の音が響き始めると、優司は盆踊りへ出かけて行った。

「優司君」

優司の元へ夏海が駆け寄ってくる。夏海は白地に濃紺で萩の模様が入っている浴衣を着て、つまみの載ったお盆を手にしていた。去年の冬に夏海の祖父が亡くなったため、今年の祭りは夏海の家も主催に加わったのだ。

「なっちゃん、浴衣着たんだね」

夏海の浴衣姿は、優司が地元の花火大会などで見るような、浴衣といえども存分に着飾ったけばけばしいものではなく、こざっぱりとして、普段から着慣れているかのような自然な装いだった、優司はこれに好感を覚えた。

「うん。今年初めて着る浴衣よ」

「こっちの花火大会は? まだ?」

「七月の終わりに港の前でやりよったの行ったけど、友だちがみんな洋服で行くって言うけん、着れんかった」

「一人だけ浴衣だと目立つからいいんじゃない?」

優司がそう言うと、夏海は首を振った。

「男女六人で行ったけん、うちだけ男子に媚びとるって思われたら嫌じゃもん」

「そんなこと思わないよ」

「思われるよ。出し抜いてやるって息巻いとるように見えるよ」

「そうかな?」

「そうよ」

女子はそうやって牽制し合うものらしい。花火大会くらい、洒落てもよかろうものを。男ならば、周りが浴衣で自分だけ普段着というのを、地味だな、と残念に思うことはあっても、自分だけ浴衣で洒落のめすことを揶揄する人などいないだろう。

「ちょっと一周してくるね」

お盆を胸の高さに上げて夏海が言うので、優司はそこからさきいかを一つつまんで口に放った。

「うん、じゃあ僕は踊ろうかな」

「踊れ踊れ」

夏海が囃すので、優司は盆踊りの輪の方へ歩いて行った。振りは心得ているが、やはり優司は地元の人間ではないから、父から教わったなんとなくの踊り方である。優司の父はさっきからずっと踊り続けていて、動きも慣れたものだ。父の前に背筋のしゃんとした年配の男性が踊っているが、ものすごく上手い。それほど難しい振りではないが、そんな簡単な動きの中にもやはり安定と不安定、上手と下手はあるのだ。

何周か踊って、少し休もうと輪から外れた優司は、会場の隅にいる夏海の方へ目をやった。何やら浴衣姿の中年男性と話し込んでいるようだ。知り合いなのかな? と思いつつ何となく気にしていると、どうも良い雰囲気ではない。優司は夏海の元へ近づいて行った。

見ると男は随分酔っているらしく、足元がふらついていた。夏海にぐらりと近づいたり、後ろによろめきそうになりながら話している。優司ははらはらしながらそれを見つめた。

「いや、いないですけど、そういうの困るんで……」

「いいじゃん、君、彼氏おらんのんじゃったらさー」

男が夏海の肩をべたべた触っていて、夏海は明らかに嫌そうな顔をしている。

「あの、家の者が呼んでるんで……」

「どこー? 呼んでないじゃん、俺から逃げようとして嘘ついたんでしょー、嘘は良くないよ」

「あの、やめてください……」

優司は割って入ってやろうとタイミングを窺っている。

「なっちゃん、ちょっと――

優司が夏海に歩み寄って行くと、男はこちらを睨みつけて夏海の肩を強く抱き寄せた。しかし、その瞬間である。夏海は浴衣の裾を捌くと、すっと間合いを取って、思いきり男の顎を蹴り上げた。空手の有段者である夏海の身のこなしは素晴らしかった。男はぐらぐらと頭を揺らして呻きながら、草履の先が直撃した顎の辺りを押さえてうずくまった。

「優司君、行こう!」

「えっ!?」

夏海は優司の腕をつかんで、走り出した。優司は引きずられるように、それについて走った。

家の方まで戻ってくると、夏海はけろりと笑って、

「さっき助けようとしてくれたじゃろ、ありがとう」

と頭を下げるので、優司はとんでもない、と首を振った。優司は見ているだけだったのだから。

「僕にも格好つけさせてほしかったな」

「あはは」

「あと、危ないからあんまり派手にやんないで。心配するからさ」

「はい」

夏海はちょっと俯いた。反省はしているらしかった。

「あの人、顎の骨が折れてなければいいね」

優司がそう言うと、

「蹴ったのばれたらお母さんたちに怒られる。空手の道場の人にも怒られる。ああ、怒られる怒られる」

そう言うのだが、夏海は楽しそうだ。

「でも、盆踊り、戻りにくいね」

「そうじゃね、どうしようかな……」

「うーん」

「優司君、花火せん? こうちゃん達とみんなでしようと思って買っとったんがあるんじゃけど。たくさんあるけえ、ちょっとだけ先に二人でやっちゃおう」

夏海の言う、みんな、というのは夏海の従兄弟たちのことだ。皆小学生の男の子で、可愛らしい。

「こうちゃん達、いつ頃来るの?」

「明日の午前中に来るって言いよった」

夏海は掃き出し窓を開けて部屋に上がり、手持ち花火の小さなセットを持ってきた。

「ドラゴンとか派手なやつは明日ね」

と夏海が言う。

「うん。小学生は派手なのが好きだよね」

「パラシュートが出るやつあるよ」

「走って取りに行くだろうね」

「でも地味なのも買ったんじゃ。うんこ花火」

「あははは、小学生はうんこ大好きだからね。派手なのよりうんこ好きだよね」

「好きじゃね」

夏海はナスとキュウリが飾ってある仏壇の下の引き出しを開けて、ろうそくとマッチを拝借する。四つん這いになって、尻をこちらに向けていた。穿いているのだろうか、と優司が下着の線を見極めるようにじっと観察していると、夏海がくるりとこちらを向いたので、とっさに視線を外すのに戸惑った。

二人並んで細い路地を歩いて行く。コンクリートの上を歩くときの、夏海の草履のからころが優司の耳をくすぐった。

すぐ近くに夏海の通っていた小学校があるので、そこでやろう、ということになった。今時、小学校が施錠なしで解放されているというのは、優司にとって珍しく感じられた。

門から入って、さほど大きくはないグラウンドを突っ切った。青色のモザイクタイルで覆われた、年季の入った水飲み場にバケツを置き、蛇口を捻る。バケツの水に手を浸けていると、夜の冷たさが染み渡ってくるようだ。

優司はマッチを擦って、ろうそくの軸に火を点ける。ろうを垂らして、そこにろうそくを立てた。花火の先のこよりを火に近づけると、じりっと燃え移って、緑色の火花がしゅっと噴き出した。夏海は「わー」とはしゃぎながら、中空に星型やハート型を描いている。

「なっちゃん、これすごい、メガネ」

「えー?」

「なっちゃん、神様っぽい」

優司は花火の中に入っていた紙のメガネを通して、夏海を見た。サングラスの表面にたくさん傷がつけてある仕組みらしく、火花が星マークに見えるのだ。星が夏海の手から無限にこぼれ落ちてくる。優司は何度もメガネをかけたり外したりして、夏海を見た。

「優司君、花火の色は炎色反応じゃない? じゃあ、この火花の出方は何で決まるの?」

「え、何だろう……?」

「こっちの、しゅーっと出る花火と、火花がぱちぱちするの、優司君はどっちが好き?」

「僕は、ぱちぱちの方かな」

「うちも。ほいじゃあ、打ち上げ花火で、ずばーんと弾けて消えるやつと、柳みたいにじゅわーと垂れてくるやつ、どっちが好き?」

「垂れてくるやつ」

「うちも。同じだね」

夏海はえくぼを見せた。

優司が線香花火に火をつけると、すぐにボトリと落ちたので、夏海に笑われた。意趣返しに、夏海の持っている、長いこと爆ぜている線香花火の邪魔をしてやると夏海が怒るので面白い。

空気の流れが静かになったので、

「なっちゃんのおじいちゃん、去年は元気そうだったのにね」

優司は夏海にそう話しかけた。

「そう。いきなり入院、そんで早かったわ」

「何の病気だったの?」

「肺がんをね、やってしもうたんじゃって」

「タバコ吸う人だったっけ?」

「ううん、おじいは石屋じゃったけん。御影石をね、削る仕事をしよったんよ、昔ね」

「そっか……」

夏海の持っている線香花火の火花が落ちた。

「なんか、しんみりしちゃったね」

夏海が眉を寄せる。

「ううん」

優司は首を振った。

「花火終わっちゃった」

夏海は立ち上がって、終わった花火をバケツの水にじゅっと浸けると、浴衣のしわを伸ばした。バケツを持ち上げた優司の方を振り返って夏海は言う。

「バケツ置いていけば」

「うん」

夏海は校舎の方へ歩いていく。地面に半分埋まっているでかいタイヤの遊具を、優司は馬跳びしていった。

校舎の前の、校庭から一段高くなっているところには芝が敷いてあって、実験池やウサギ小屋などがあった。夏海はウサギ小屋に近付いて、中を覗き込んでいる。ウサギはせわしなく動き回っているのが一羽、他の二羽は眠っているのか、目を閉じてじっとしている。

「こっちは青タン、こっちは……豆大福、あっちは普通の大福じゃ」

夏海はウサギに勝手に名前をつけている。片方の目の周りがグレーのウサギがいるが、それが青タン、ということだろうか。

「ウサギって多頭飼いして、増えないのかな?」

優司が聞くと、

「うちがおった頃は赤ちゃんが生まれたとか、聞いたことなかったな」

と夏海は答える。

「ウサギって年中発情期らしいよ」

「そうなん、それは大変じゃ。放っとったら増えまくるね」

青タンはこちらを全く気にしない様子で、巣穴の上に上ったり下りたり、激しく動き回っている。孤独な発情期なのかもしれない。

「優司君は受験勉強、どんな?」

「うーん、こないだ何とか第一志望B判定出たよ」

「そっかぁ、すごいね」

「今日、本当は東京に残って勉強するつもりだったんだ。結局、家族に無理やり連れて来られたけど」

「そうなんじゃ……」

嫌々来た、という感じの言葉になってしまったので、優司は慌ててフォローした。

「でも、来てよかったよ。やっぱり気分が変わる、こっちの空気は。海もあるし、山もあるし」

「優司君は都会っ子じゃもんねえ」

「なっちゃんもいるし」

「もう」

「なっちゃんの方は、公務員試験もうすぐでしょ? いつ頃なの?」

「一次選考が九月にあるよ、自信ないけど」

「なっちゃんなら大丈夫だよ」

優司が元気よく言うと、夏海は首を振って、しばらく黙った。太鼓の音が優司の耳には確かに聞こえていたが、山にこだまするせいで、どちらから音がするのか方向感覚があいまいになる。島中が太鼓の音に包まれる。

「あのね、うちは優司君のこと好きだよ」

夏海はじっとしている豆大福を見つめたままだ。

「なっちゃん……」

東京にいる間、優司が夏海を思い出すことはほとんどない。優司が夏海のことを考えていない間も、例えば寝る前に夏海は優司のことを思い出したりなどしていたのだろうか。そう考えると、夏海のことがいじらしく思えてくる。

「僕は……」

「いいんよ、分かっとるけ。いいけえ……」

夏海が小さく諦めのため息をついて俯いたので、優司は夏海の隣にぴったり寄り添ってみた。夏海はウサギ小屋の網に指を引っ掛けたまま動かない。顔を覗き込んでみる。

「なっちゃん」

夏海に顔を近づけても動かないので、優司はそのまま唇をくっ付けた。夏海は小さくわなないた。

「ウサギが見よる……」

「ホントだ」

もう一度くっ付けると、夏海もそれに応じてきた。夏海は優司の腕をつかむので、優司はその手を取って自分の腰に巻き付けた。舌を入れてみると、いいようだったので、むちゃくちゃに舐めまわした。夏海が浴衣なのも気にせず、優司は夏海を抱きしめて、乱暴に口を吸いまくった。

「ちょっと、待って、ここは……」

しばらくキスを続けていると、夏海が仰け反って遮る。

「うん」

「こっち、来て」

夏海は優司の手を引いて、校舎の方へ歩いて行く。夏海の草履が芝を踏むたびに、キュッと瑞々しい音を鳴らした。

校舎に入って、素足でぺたぺたと歩く夏海について行く。なっちゃん、と優司が小声で呼び掛けると、夏海は指を唇に当てて「しー」のポーズを取った。一の二と書いてある教室のドアをゆっくりと開けて入る。

「わ、全然変わっとらん。懐かしい」

ドアをぴたりと閉めると、夏海は小さく声を出した。

「この教室だったの?」

優司が尋ねると、夏海は頷いて、

「でも、机、小っちゃいね」

と机をさらさら撫でた。

「一年生だもん」

「ね」

夏海は窓際まで行って、優司を振り返った。窓の外には白っぽくて、満月より少しだけ欠けた形の月が出ている。その光が教室へ差し込んできて、明るい。

優司は考えることをしなかった。今、優司には夏海がとても可愛らしい女の子に見えているので、何もかも衝動的に行動した。さっきのキスの続きをすると、夏海は興奮したように吐息を洩らすので、優司はたまらなくなった。浴衣の上から胸をつかんでも夏海は抵抗しない。優司はそのまま続けた。

「着崩れても大丈夫よ、自分で直せるけえ」

夏海は乱暴に胸を揉まれながら、そんなことを言う。優司は夏海の浴衣の前を引っ張って、中に手を入れた。そうすればすぐに素肌に触れられると優司は思っていたのだが、阻まれた。浴衣の下には何やらシャツワンピースの様なものを着ているらしく、肌を露出させるには全部脱がせなければならないようだ。どうしようか、と考えながら優司はシャツの上から夏海のそれほど大きくはない胸を揉みくちゃにしていた。

「帯、解こうか?」

夏海は優司がどうしたいのかを分かっているのか、優しく尋ねてくるので、優司は一も二もなく頷いた。夏海は帯をぐるりと回して、結び目を腹の方へ持ってきた。それを解く。浴衣を脱いでワンピース姿になった夏海はもじもじしだした。

「これ、脱いだら下着姿になってしまうわ、恥ずかしいわ」

と胸元をつまむ仕草をする。何と返したらいいのか分からず、優司は夏海を黙って見つめていた。「脱げ」とも「脱がなくていいよ」とも言えずに、夏海の挙動を待った。しばらく考えた後、夏海は決心をしたのか、ワンピースを男前に脱いで、下着姿になった。浴衣は下着を着けないなんていうのは、嘘だった。

空手で鍛えているから、女性にしては筋肉の付いた逞しい体つきなのだが、やはり男とは違う柔らかさが見て取れた。平べったい腹はそれでも筋肉に覆われているが、尻の辺りは大きく張り出して、丸く、触ると柔らかそうである。その下の太ももには、しっかりと筋肉が付いているのが分かるものの、筋肉の表面を脂肪が覆っているからか、硬そうには見えない。そこからなだらかに下りていって、足首はきゅっと細く締まっている。

「あんまりじっと見んといて、恥ずかしいけ」

「綺麗だよ」

優司は自分でも歯が浮くな、と思うような台詞を歯の浮くシーンで口にした。しかし、本心から言ったので、後悔はしない。

優司はもう一度夏海の体をぎゅっとして、それから下着を脱がせにかかった。夏海は少し抵抗したが、キスをすると、もうその後はされるがままになった。被るタイプのスポーツブラだったので、脱がせるのに「バンザイして」と夏海に言うと、夏海は「ばんざーい」とふざけて腕を上げるので笑ってしまう。恥ずかしいとふざけてしまうらしかった。

窓辺に寄り掛かって立った全裸の夏海の足を、肩幅くらいに開かせる。膝小僧から舐め始めて、ゆっくりと上へ移動していく。夏海の呼吸は荒くなっていた。

「学校で裸んなって、うちだけ、ばかみたいじゃ……」

夏海は自分一人だけ無防備な格好でいるのが不安なのだろう。

「じゃあ僕もばかになろう」

優司はTシャツもジーンズも下着も脱ぎ捨てて、全裸になった。公共の場で全裸になることには、不思議な高揚感があった。もうしっかりと屹立してしまっているペニスの先は、ねっとりと濡れていた。

夏海は裸になった優司が見られないのか、顔を上げないでいるので、

「ごめん、嫌だった?」

と優司が尋ねると、

「あの、男の人の、見たことないけん……、びっくりして……」

と可愛らしい答え方をする。そう言われると、わざと見せつけてやりたいような気持ちが湧き上がってきて、優司は夏海の正面からぴったりとくっ付くように体を合わせた。夏海を抱きしめて、全身を揺すって、勃起したペニスで夏海のへそ辺りをぬるぬると擦った。夏海は恐る恐る、といった感じで優司が体を揺するのに、リズムを合わせてくれた。優司のペニスからは先走りが溢れてきた。

そのうち、夏海は体を捩りだした。息に声が混じり始めていて、かなり興奮しているようだ。

「あ、あ、ゆうじく……、んんっ……」

優司は夏海の裸の胸を両手で揉み上げた。見た感じ大きくはないが、膨らみの質量は見た目よりもずっとある。低くて裾野が広い山だ。その山の頂を指で挟む。触った瞬間に夏海は「んっ」と反応を示したので、優司は指の腹でそれを擦ってやった。

「あ、いけん……、いけんっちゃ……」

「いけんの?」

優司が夏海の言葉で話してやると、夏海は少し興奮が増すらしい。夏海はぶんぶんと首を振るので、優司は、

「もっといけんことするけ」

と夏海の耳を舐めながらぼそぼそと言った。好かれていると知って、初めて嗜虐的な態度に出られる優司である。耳から首筋に舌を沿わせて、鎖骨へ。舌は胸の盛り上がりをゆっくりと登って、中腹をくるくると周回する。ぴんと硬く尖ったその頂を吸われた夏海は、かすかに震えていた。

夢中で乳首を吸ったり、舌で転がしたりしながら、優司は夏海の股の間へ手を伸ばした。指を滑り込ませようとすると、夏海は脚をさっと閉じるので、

「脚、開いてよ」

と、優司はねだった。夏海は素直にそれに従った。

「濡れてる」

そっと触れてみると、陰毛がじっとりと滴を受け止めているのが分かった。しかし今にもそれは滴り落ちそうである。指を離すと、太く糸を引く。

「そりゃ、こんなんしたら……濡れるよ」

夏海は口をとがらせた。

「舐めてもいい?」

優司が尋ねると、

「いけん」

はっきりと夏海は拒むのだが、しかし、どうしても舐めたい。優司は夏海を抱きしめて、そのまま体を反転させた。低い机の上に広げた自分のTシャツの上へ夏海を座らせて、そのまま圧し掛かって押し倒す。さっきのように優司は夏海の腹でペニスを擦りながらキスをした。それから、夏海の乳首を吸ってやると、夏海の体の力が抜けてくたっとするので、存分に舐めて吸って、隙を見て股ぐらに顔を埋めた。

夏海は声を上げて、優司の頭を手でぐいぐい押し返すのだが、優司は構わず舐めた。夏海の秘所からは汗のにおいに混じって、嗅いだことのない、甘いようなにおいがした。不快ではなかった。むしろ男を興奮させるにおいだった。

「ああ、あ、いけん……、いけん……」

夏海は喘ぐように繰り返すが、言葉とは逆に、脚を開いて、時折腰を浮かせる仕草をする。それが、体の反射なのか、それとも、もっと舐めて欲しい、弄って欲しい、という意思の表れなのかは優司には分からない。ただ、机の上に全裸で仰向けになって、脚を広げてされるがままになっている夏海の姿は、ひどくなまめかしかった。

「なっちゃん」

「なに?」

「指、入れるね」

優司は夏海の入り口へ、人さし指を第二関節までゆっくりと埋め込んだ。夏海は少し仰け反った。

「痛い?」

「痛くない……」

優司は経験がなくて分からないなりに、夏海を気持ちよくさせてやりたいと思った。指を深く入れたり、出したりを繰り返す。夏海の中はとても狭く、指一本でもぎゅうぎゅうに絞めつけてくる。しかし、しばらく続けていると、あれだけ濡れていた夏海の中は少しずつ乾いてきて、摩擦を強く感じるようになってきた。優司は指の動きを止めて、

「ごめん、ちょっと乾いてきちゃったね」

と引き抜いて、指を舐めた。

「ん……」

「続けられそう?」

優司が尋ねると夏海は頷いて、

「もう、入れていいよ」

と、そんなことを言う。

「でも、濡れてないから痛いかもよ?」

優司はペニスを入れたくてしょうがないのだが、気を遣ってそう言うと、

「いい」

夏海は首を振る。

「くっ付いて。優司君とくっ付いとったら、また濡れると思う」

夏海が腕を広げるので、優司はまた覆い被さって抱き締めた。

「優司君……」

夏海は優司の耳元で甘ったるい声を出すので、優司も、

「なっちゃん」

と何度も呼んだ。

「かわいい」

と褒めて、耳を舐めた。乳首を吸って、太ももにペニスを何度も擦りつけた。

その体勢のまま、優司はペニスをつかんで、夏海の入り口へあてがった。亀頭で擦りながら割り入ると、夏海の言うとおり、愛液は溢れていた。

「うち、こういうのしたことがないんよ。ごめんね、処女なんて面倒くさいじゃろ」

と夏海が言う。面倒だなんて、とんでもない。優司は胸がいっぱいになった。

「いや、嬉しい。ありがとう」

「ありがとうなんて、こんなときに言わんじゃろ。優司君は面白い人じゃあ」

優司は少し体を起こして、

「いくよ?」

と確認すると、夏海は身構えて太ももを緊張させるので、

「リラックス、リラックス」

と撫でてやる。これは逸る自分に言い聞かせているのでもあった。

ペニスを押し込むと、夏海が顔を歪ませる。痛いのだろう。

「ごめんね」

髪を撫でてやると、夏海は「ううん」と首を振った。優司の亀頭の部分がすっかり夏海に包まれると、それだけで射精が引き出されそうになる。まだ射精すまいと、優司は必死に快感を頭から追いやろうとした。痛がる夏海にとっては早く行為を終わらせた方がいいのだろうが、長く味わいたいという欲もあるし、早漏だと思われるのは嫌だった。こんな場面でも男のメンツを気にしているなどとは滑稽なものだ、と優司は思った。

腰を進めて深く入り込んでいくが、どうにも狭い。しかし、夏海からの制止がない限りはこのまま続けよう、と優司は狭い場所へ無理やりねじ込んだ。ペニス全体を夏海の中に収めて、夏海の体に寝そべると、汗で肌はぺったりしていた。他人の肌の感触は、それが汚れているほど淫猥に感じるものだ。

「大丈夫?」

「うん」

「動くね。ゆっくりするから」

「うん」

痛いくらいに絞めつけてくる夏海の中で、優司はペニスを出し入れさせた。ペニス自体ではなく、体全体が快感を欲しているように、優司の背筋は痺れだした。ゆっくり、と言ったのに、腰を引くときの引っ掛かりがたまらなくて、つい速く動かしたくなってしまう。

「なっちゃん……」

動きに合わせて、机ががたがたと音を立てる。聞きつけた誰かが来るかもしれない。しかし、それでもいい。優司の理性を快感が覆っていた。

「なっちゃん、気持ちいい……」

「うん、うん……」

夏海は優司の髪を撫でてくれた。背中を触って、腰の辺りもさすってくれた。優司の体は熱に包まれて、頭は快楽に痺れて何も考えられなくなる。優司は、みっともないことと知りつつも、快感によって喘いでしまった。「ああ、あ、あ」と、喉を反らせた。いやらしくて下品な声だが、それがまた、自身の興奮を高める。声が出る、のではなく、声を出すのだ。優司は、殊更に喘ぐ、ということの理由が分かった気がした。

「なっちゃん……、痛くして、ごめ……」

腰を振りながら謝ると、夏海は首を振って答えた。

「いいけ……、うちも、いい……」

「いい?」

「きもちい……」

「ああ、なっちゃん、なっちゃんっ」

それは優司の遠慮を剥ぎ取るための嘘かもしれない。しかし、優司はたまらなくなった。夏海にしがみついて、めちゃくちゃに動かした。腰を引くときの動作に全神経を集中させた。すると、射精感はすぐにやってくる。射精は耐えるが体の快感は緩めたくないので、頭で押しとどめた。

どのくらい行為に時間をかけているのか、優司には分からなかった。五分くらいのようにも思えたし、三十分とも感じられる。夏海はどう感じているのだろうか。「こいつ、早いな」と思われなければいいが。

「なっちゃん、もう……」

優司が射精の許しを乞うと、

「うん、いいよ」

夏海は優司の体を撫でながら微笑んだので、

「ちゃんと、外に出すからね……」

そう言うと、夏海は首を振る。

「だめだよ」

優司はきっぱりと言った。避妊していないのだからもう十分危ないのだが、そこは踏みとどまった。

「いいんよ、優司君……お願い」

夏海は優司の背中をぎゅっと抱き締めて、優司の耳に口を付けた。

「中で、出していいけ」

「でも……」

「優司君」

もうどうにでもなれ、と優司は思った。射精に向かって、夏海の中で思い切りペニスを擦り上げた。背中を駆け上がっていく快感と共に、ペニスの中でも精液が移動していく感覚があった。夏海は脚で優司の腰を抱きしめている。

「あ、あっ、なっちゃん、出るっ」

優司は引き抜かなかった。夏海が求めるとおり、奥で出した。優司は体を反らせて、ペニスが夏海の中で激しく脈打つのを感じていた。

境目のぼんやりしている夏海の二の腕の日焼け跡が、月に照らされてはっきりと分かる。日焼け跡というのは不思議ないやらしさがある。見る者に、この人がいつも着ている服の内側を目にしているんだ、とはっきり認識させるからだ。

夏海はワンピースを被って、先ほどまで自分が寝ていた席の椅子を引いて座った。優司は夏海の前の席に掛けた

「ここの席の子に申し訳ないわ」

と夏海は机を撫でる。汚してはいないようだが、確かに罪悪感はあった。

「そうだね。あのさ、僕も……ごめんね、痛かったよね」

独りよがりなセックスをしてしまって悪かった。優司は謝った。

「ううん、嬉しかった。ずっとね、好きじゃったけん、優司君のこと」

あらためて好きだと言われると、優司の中の罪悪感は膨れた。優司は何と答えていいのか分からなかった。夏海の手をじっと見つめていると、

「分かっとるよ、ごめんね。優司君、うちのことは気にせんでいいけえね」

夏海は笑った。

それから夏海は立ち上がって、丸めてある浴衣を着始めた。女の浴衣というものは無駄に着丈が長いものだな、と優司がそれを眺めていると、

「女子の着替えは見ちゃいけんのんよ」

と夏海にたしなめられたので、目を逸らす。教室の掛け時計を見ると、十時を回っていた。

「なっちゃん、祭りの終わりって、見たことある?」

「ない。明るくなるまで起きとったことがない、いっつも寝てしまう」

「僕もだ」

「本当に朝までやりよるんじゃろか? お母さんはやりよるって言いよったけど」

「じゃあ、確かめようよ」

優司が振り返ると、夏海は帯を締め終えていた。

「そうじゃね、今年は終わりを確かめんにゃいけんね」

夏海は答えた。

それから優司と夏海は学校を後にした。優司はバケツの反対側で夏海の手を握った。夏海はやんわりと握り返してくれた。

太鼓の音はまだ、山にこだましている。そして、終わりを見届けるために、優司は歩いている。しかし、優司の中では耳鳴りのようにずっとこの音が響いていて、明日の朝で終わるようには思えないのだった。

Aug4, 2012

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