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十四歳

-前編-

九月半ばにやって来たこの台風は超大型で強い。カラカラだった夏はもう通り過ぎてしまった。今朝は垂直に降っていた雨が、午後になると角度を付けて窓を叩きだした。眼下に見える県道沿いに立つモクレンか何かがしなって、柳のよう。

四時間目の理科の授業が終わった。チャイムが鳴り終わると同時に、何人かは購買や自販機へ行こうと第一理科室を飛び出していった。

日直の須藤は背伸びをしながらスライド式の黒板を消し始めたが、一番上まで手が届いていない。俺が黒板消しを取って上の端の方を消してやると、須藤の頭の上にちらちらと黄色いチョークの粉が降りかかった。

「ごめん須藤、チョークがかかった……」

と俺が自分の前髪を払うジェスチャーをすると、須藤は雨に濡れた犬みたいに首を振るった。

「チョーク落ちた?」

「うん」

黒板を消し終えると須藤は、

「ありがと、助かったよ」

と笑った。日直の相方は先に帰ってしまったのだろうか。

「あいつ先に帰るなんて薄情だな」

と日直の相方を責めると、須藤は、

「購買に行くって言うから、オレが先に帰っていいよって言ったんだ」

と答える。

「へえ、優しー」

俺は須藤の肩をつついた。

それから理科室を出て、教室へ戻る階段を上がっていると、須藤がはっと思い出したような顔をして、

「そういえば榊、今日放送当番だって朝言ってなかったっけ?」

と俺を見上げた。

「あ、そうだ、忘れてた……行かなきゃ」

放送部でやっている昼の放送は、部員が交替でDJをやることになっている。今日は俺の当番なのだった。

「それ、オレが持って帰ってあげる」

と須藤が手をひらひらさせて俺の教科書とノートを引き取る仕草をするので、俺は須藤に荷物を預けて、放送室へ走った。

時間ぎりぎりにブースへ滑り込んで、ミキサーのスイッチを慌てて入れる。

「皆さんこんにちは。今日、九月二十日のお昼の放送の時間です」

喋っている間に、BGMを流す方のカセットデッキからCDデッキの方にスイッチを切り替えて、アルバム五曲目の頭出しをした。

「水曜日は洋楽リクエストです。一曲目はザ・ラーズで『ゼア・シー・ゴーズ』――

もたもたしていられないのには理由がある。昼休憩中に生徒が昼の放送をしてもいい時間というのは、かなりタイトに決められていて、十二時四十五分から十三時の間の十五分だけだ。校内放送だって立派なマスコミだから、学校はそれを生徒の手に多く委ねたくないのだろう。生徒会を通して何度か学校へ掛けあっているが、一向に放送時間は長くならない。体制の圧力というものはなんてうっとうしいんだろう、と憤然とする。

午後の授業の後、帰りのホームルームが終わると同時に須藤はすっ飛んできて、

「榊、一緒に帰ろ」

と、せっかちに肩をはたく。急いで俺は荷物を鞄に詰め込んだ。

須藤は陸上部なので、雨の日は部活がない。お互い部活のない日はこうして一緒に下校して、その流れでどちらかの家でだらだらと過ごすことが多い。

「風が強いー」

小柄な体格に似合わない大きなこうもり傘をくるくると回しながら、須藤は笑った。

「おい、滴飛ばすなって、バカ」

こうして放課後一緒に帰ったり、遊んだりしていても、俺と須藤の関係は友だちだ。もっと須藤と仲良くなりたい、と思う。須藤が俺の彼女だったらいいのに。彼女だったら、ふざけ合うだけじゃなくて、もっと優しくしてあげられる。

俺たちは途中コンビニで食料調達をして俺の家へ向かった。

アーケードに入り、傘を畳む。アーケードの入り口は須藤金物店だ。

「ちょっと待ってて、オレ着替えてくる」

「それいつも思うんだけどさ、着替えなくても別に制服のままでいいじゃん」

「やだよー、雨で湿って気持ち悪いし、スカート嫌いだし」

須藤はそう言って、膝丈のスカートを持ち上げてばさばさと雨で濡れた裾をはたいた。校則で決められている長さよりスカートを短くしている子は多いが、須藤は買ったまま丈を詰めていないそうだ。小柄なので、長めのスカートは野暮ったく見える。スカートは短くして脚を見せるのがかわいい、という女子の価値観は須藤にはないようだった。

「そりゃ分かったけど、中身見せんなよ」

注意すると、

「平気だよ、スパッツ穿いてるもん。今更、何言ってんの」

と須藤は笑った。

俺は別に女らしくしろなんて言わない。ただ、こいつは自分が女だってことに無自覚過ぎる。

俺たちもう十四なんだよ。俺だって男だから女好きになったりするんだよ。やりたいとか、お前に対してそう思ったりもするんだよ。だからあんまり無防備に振る舞われると辛いんだ。分かれよ。なんてことを思っていても全く口に出せない自分自身にイライラするばかりだった。

「待ってるから、早くしろよ」

「四十秒で仕度するー!」

叫びながら外階段をカンカンと昇っていく後姿はあの頃に比べて随分小さく見えたように感じたが。

俺と須藤は小学五年生に上がる時のクラス替えで初めて一緒のクラスになった。

休憩時間や放課後、須藤はよくクラスの男子に混じって遊んでいた。須藤は髪をかなり短く刈り込んでいて、スカートを穿くこともなかったので、遠目から見ると男子のようだった。同学年の男子と比べても運動神経がずば抜けて良かったので、サッカーとか、バスケとか、色々と借り出されていたみたいだ。俺はそんな須藤を憧れのような気持ちでもって眺めていた。昔から運動がからきしの俺には、身体を動かしているときの須藤は何だかやたらと眩しいのだった。

地方都市にある小さな商店街のアーケードの端と端、須藤の家は金物屋で、俺の家は母が化粧品も扱う調剤薬局を経営している。町内会ごとにやる子供神輿なんかで顔を見たことはあっても、同じクラスになるまで俺たちは口をきいたことがなかった。

「『将来の夢』とかさ、もう何回書かせるんだよって思うよね」

須藤がちょっと困ったような顔をして、そう俺に話しかけてきたときのことを俺は今でもしっかりと覚えている。

「何か学年が上がるごとに割と真面目なこと書かなきゃいけないみたいになってくるじゃん。オレ作文苦手だし、何書いたらいいか分かんない。榊はなんて書くの?」

小学生の長期休暇ともなると、作文の宿題ばかり出るものだ。須藤は当時席の近かった俺に助けを求めてきたのだった。

「俺は家業を継ぐって書くよ。『榊薬局をもっとでっかくします。そのためには云々かんぬん……』ってな。これで原稿用紙三枚は楽勝だ。特に思うところがないなら須藤金物店は〜で書いたらいいんじゃないの? とりあえず」

俺がそう答えると、

「そういえば、榊ん家も自営業だったな。家業継ぐのもいいかもな」

と、須藤は笑った。

「でもさ、須藤はなりたいものとかないの? それ書いとくのが一番手っ取り早いと思うけど」

俺は須藤にそんなことを言った。すると須藤は、

「うん、そうだよね。でもよく分かんないんだ、オレ。やりたいことがないわけじゃないんだけど……父さん一人にできないしさ、その他にも何か、色々」

眉根を寄せて、目を少し伏せた。長い睫毛が影を作って、それがとても物憂い表情に見えたので俺は動揺した。

須藤の家は母親がいない。店は須藤の親父さんが一人で切り盛りしている。たまに在庫の搬入なんかで須藤も家の手伝いをしているのだそうだ。それで学校を休んだりすることも度々だった。

俺はつまらないことを言ってしまったかもしれない、と焦って次の言葉を探した。

「別に将来なりたい職業とかにこだわらなくてもいいんじゃないか? こんな大人になりたいです、でもいいと思うよ、俺は。あとはそうだなあ、俺はデカい犬が飼いたいとか。ま、うちの薬局だと無理そうな気がするけど」

苦し紛れにそう言うと須藤は、

「ありがとう榊」

と顔面いっぱいに笑った。五年生の一学期が終わる日だった。

俺はその一連のやり取りの中の須藤の表情や少し鼻にかかったような声を、夏休みの間中しばしば思い出していた。そして脈絡もなくそれらが頭に浮かんでくることについて何故なのか考えた。須藤に会わない夏の一カ月余りの間にゆっくりと俺は初恋を自覚していったのだった。

俺たちは十四歳になった。俺は膝が痛むほど急速に背が伸びたし、いくらひ弱とはいえ力だってそこそこ強くなった。あの頃に比べ、少しは男らしくなれているだろうか。須藤は「なんか最近あんまり身長が伸びなくなってきた」と健康診断の結果を見てしょげる。しょんぼりした顔を見せられると、何故だか俺のテンションは上がる。

須藤は名前を「純」という。だが、須藤のことを「純ちゃん」などと呼ぶのは俺の親を含め、せいぜい町内の見知った大人くらいのものだ。クラスの女子は女子同士、下の名前や名前をもじったあだ名で呼び合っているみたいだったが、須藤が学校内で名前呼びされているのを俺は聞いたことがない。女子特有のまるで社交界みたいな雰囲気に須藤はうまく馴染めていないようにも見えた。

性格は男の俺よりよっぽど男らしいし、大体のことは一人で何でもやれる奴だ。女同士でつるむ必要なんて感じていないのだろう。

女子同士で集められるとどこか居心地悪そうにしている須藤が気になって、俺は積極的に男どもの話の輪に須藤を誘った。須藤は男子の中では明るく振る舞うので、あっという間にその場に馴染んだ。

友人に須藤のことを話すとき「こいつとは腐れ縁で」などと俺はうそぶく。小五で同じクラスになって以降、中二の今まで二度クラス替えをしたが、運よく毎回同じクラスだ。俺が須藤を好きだということは、クラスの連中にばれているらしい。俺は自分からそんなことをしゃべったことは一度もないが、どうも好意が態度に出ているのらしい。

クラスではそんな俺たちが、からかいの対象になることもあったが、俺はともかく、須藤はそういうのを全く相手にしない。「男子同士、女子同士で仲良くするのは誰も何も言わないのに、どうして男女で仲良くするとからかってくるの? 何でもかんでも恋愛に結び付けてさ、お前らドラマの見過ぎなんじゃねえの? ばかじゃないの? 死ねばいいのに」と須藤は冷たい声を出して言う。「うわあ」と、俺も周りも引いていた。それから次第に誰も俺たちのことをからかわなくなった。須藤は鈍感というより、色恋に興味がないのだろう。だから今の関係をこじらせたくなくて、俺は何も言い出せない。しかし、俺はたぶん卑怯なのだと思う。

「ただいま」

「おばさん、こんにちはー」

ジーンズとパーカーに着替えた須藤を連れて薬局のドアを開けた。二階の玄関は通りの裏側にある。この雨の中また傘を広げるのも面倒だったので、店から入る。店ではちょうど母が在庫の品出しをしていた。

「あら純ちゃん、いらっしゃい。敦司もおかえり。今日は雨だからお客さん少ないのよ。水曜日だから処方箋も来ないし」

暇らしい。母は妙にニヤニヤした視線を俺に向けた。俺が須藤に惚れているのは態度でバレているみたいだが、直接的なことは一切言わない。純ちゃんはかわいいよねえ、と近頃よく俺に同意を求めてくるのだがやめてほしいものだ。

純ちゃん見て見て、と須藤を呼んで、母は在庫をてきぱきと整理している。

「敦司、ちょっと純ちゃん借りてもいい?」

母が須藤を捕獲して笑顔で言いながらも、手ではしっしっと俺を追い払うような仕草をする。仕方なく俺は二階の居間へ引っ込んだ。

店が暇だからって須藤捕まえて何やってんだ、と不機嫌にならないでもなかったが、すぐに気が済むだろう。俺はゲームでもして待つかと、おとなしくテレビの電源を入れた。画面に映ったのは嵐の中で合羽姿のリポーターがビニール傘をふっとばされているところだ。

母が何をやっているのか、何となくだが見当はついている。

俺は昔、といっても結構最近までやられていたのだが、練習だと言っては度々母に化粧を施されていた。仕事で必要なのよ、とは言うが男にするのもどうか。

あごひげが生えてくるようになってからはようやく収まったのだが、俺もそして同じ目に遭っていた兄も、あれでよく踏み外さなかったなと思うとため息が漏れる。

ところで踏み外しはしなかったが、俺はすっかり調教されてしまったようだ。小学生の頃は美容の方面に特化して家業を継ぐ気マンマンだった。しかし兄がさっさと薬学科へ入学しやがったので、俺はどうしようかと思い悩んだ挙句、将来はヘアメイクの職にでも有り付ければいいと思っている。

さて、今は須藤が標的にされているに違いない。もっとも、女の子のターゲットを得て、母はどれだけテンションが上がっているかは知らない。

待ちくたびれたので、一人でCOM相手にボールを蹴っていると、階段を上がってくる足音が聞こえた。

「入ります……」

妙にくぐもった声が聴こえたのでドアの方へ振り向くと、須藤はパーカーのフードを必要以上にすっぽりと被って、更に顔を隠すように手でしっかりとフードの口を塞いでいた。

須藤は何も言わずそのまま歩いてきて俺の隣にぺたっと座った。

「何やってんの」

「おばさんが化粧してくれたんだ……」

やっぱり。近づいて、隠しきれていない部分に目を凝らすと、確かにファンデーションの粉っぽい質感が覗いていた。

「お、何? ちょっと面白そう、見せてみろ」

「嫌っ! ヤダよ、やめろよ」

必死で抵抗するのだが、そこはもう俺の方が力は強い。ちょっと無理に両手を掴んで顔を覗き込む。不機嫌な表情で横を向いてしまった須藤に、俺は見惚れた。

いつもぼさぼさの眉毛はすっきりと整えられていて、長い睫毛はくるんと綺麗にカールしている。肌には軽く粉をはたいてあって、唇はピンクベージュのグロスがぽってりと塗られていた。妙に大人っぽくて、いや、色っぽくてドキドキした。

そうだ、こいつは元々綺麗な顔立ちをしているのだ。男みたいに振舞っているから、普段俺以外の誰もそんなこと気に留めないだろうが。

「もっ、もういいだろ。恥ずかしいんだよ、コレ」

須藤は俺の手を振りほどくと、素早く目の前に置いてあるコントローラーに手を伸ばした。これ以上化粧について構わないでくれ、ということらしい。

「オレ、イングランドな」

ムッとした表情のまま画面の方を向いている須藤の顔をボケッと見ていると

「だから見るなって。早く選べよ」

と、突っけんどんな口調で須藤は叫んだ。

俺はというと、全くゲームに集中できなかった。あっという間に4−0だ。

「何だよ、全然張り合いないじゃん。接待ゲーとか気を遣わなくていいんだからな」

「遣ってないよ」

ついチラチラと横目で顔を見てしまう。ふっくらした唇がたまらない。自分のとくっ付けたい。そう思って何となく手入れなんてしちゃいない自分の唇を触ると、なんともガサガサだった。

「あー、勝っちゃった。もー、榊全然だめじゃん」

「悪い」

お前のせいだよ、とは言えない。

「もう一回なー。今度は本気出せよ?」

「うん……」

俺は完全に上の空だった。何度やったって勝てる気がしない。

「前半で5−0。榊やる気ないだろー」

「ないわけじゃないんだけどさ……」

「こっからひっくり返せたら何でもしてやるよ」

確かに須藤はそう言った。俺は動揺した。

「何でも、かよ」

「うん、昼飯奢りでも宿題でも何でもやってやるよ。ただし出来の良し悪しは保障できません」

フフッと須藤は笑う。俺は必死だ。

「何でもって言ったな?」

念を押すと

「うん。おっ、俄然やる気出てきた? でももちろん榊が負けたらオレの言うこときいてもらうけど」

須藤は余裕の素振りを見せる。

「負けるかよ」

試合再開の合図と同時に俺は今までにないほどの集中力を発揮した。ボールに喰らいつく。絶対に抜かせるわけにはいかない。

「なっ……んだよ、わけ分かんない。油断させといて一気に取りにいく作戦かよ」

俺が得点を重ねるにつれ、須藤もだんだん焦りはじめた。

「ああっ!」

危ない局面になると時々思いっきり声を裏返すので、俺はちょっと笑った。

「やばい、オレとしたことが負けそう」

「そうだなー」

「で、オレは何をすればいいわけ?」

6−5で残り時間が三十秒を切った。須藤はもう勝てないと踏んで、俺にそう尋ねる。

「キス、したいです」

冗談半分、本気半分で言ってみた。

「はあ!? 誰と?」

そう来たか、と思いながら俺は少し真面目な口調で言った。

「お前と」

試合終了と同時にコントローラーを投げ出した俺は、須藤の方へ体ごと向き直った。

「いっ、色気づきやがって。何だよ」

きれいに化粧をしている女に「色気づきやがって」と言われるのも何だか可笑しい気がする。俺がつい鼻でふっと笑ってしまうと、須藤は横目で俺を睨みつけた。そして、

「言いだしっぺはオレだからな。それだけで済むなら、勝手にしろよ」

そうぶっきらぼうに呟いて、やや俯いた感じでこちらに顔だけ向けた。

昔からこいつはやたらと律儀なところがある。本当は嫌でたまらないんじゃないだろうか。しかし、もし拒絶されたら「冗談だよ」なんておどけたふうに言って、あきらめようと思っていた俺の臆病心はふっとんでしまった。勝手にしろなんて言って、こいつは。

顔を近づける。

「もうちょっと上、向いて」

須藤の目は泳いでいる。つぶりたくはないんだろう。恐る恐る俺は唇を押し付けた。須藤はぎゅっと唇を結んでいる。力を入れているのにこの柔らかさよ。

「ふっ、う……」

体に触りたい。でも怒られるだろうかと考えつつ躊躇していると、須藤は俺から顔を離そうと後ろへ揺れた。まだキスを続けていたかった俺は咄嗟にその肩をつかんで引き寄せた。

「……ぷはっ、んむっ」

深く合わせる。唇を舌の先で割って入ると、須藤は驚いたのか上半身をびくつかせた。背中を強く抱く。そのままつるつると前歯をなぞっていると、ちょっとだけ開いてくれた。俺はそっとその中へ侵入して、ぬるぬるだったりざらざらだったりする須藤を舐めまわした。ものすごく興奮した。

須藤の舌を探すように俺が動かすと、ひょいひょい逃げる。顔を離して、

「べーってしてみて」

と言うと、須藤は素直に舌をペロッと出した。俺はそれに吸い付いてしごくように舐めた。

「ふっ、ん……んんっ……」

鼻息が恥ずかしくて呼吸を止めていたのは最初だけだった。今は俺たちの浅くて速い呼吸と唾液をすする音だけが、雨音よりもうるさく響いている。

「ハァッ……、須藤っ――

「んっ、あっ、榊っ、待って」

勢いづいていたのを制止されて、俺は少し不機嫌な顔をしたかもしれない。須藤は俺の視線から逃れ、ぱっと目を伏せると、

「まだ、したいの?」

と尋ねた。

「したいよ」

正直にそう答えると、須藤は困ったなという感じで何度も瞬きしたあと、

「したいなら、すればいいけど……」

と、もごもごと言った。

須藤の唇とその周りをテラテラと濡らしてしまっているのは俺たちの唾液だ。グロスは多分舐め取ってしまった。それがひどく卑猥だった。

「俺の部屋で、しようか」

俺はバチンと乱暴にテレビの電源ボタンを押すと、へたり込んでいる須藤の手を取って自分の部屋へ半ば強引に引っ張っていった。

部屋に入ってドアを閉めた瞬間、須藤を抱き締めてキスをする。とにかく我慢ができなかった。さっきよりも激しく口内を侵した。須藤も俺の背中に腕を回して、舌を出して口の中を舐めてくれた。頭が痺れてくるようだった。

背中を抱いていても、まだどうにかしてくっ付きたい。舌を入れながらもつぶれそうなほどにぎゅっと抱くと、須藤は身を捩った。

「んむっ……いたいっ、痛いよ榊」

「ごめん、強かったか」

謝ると、胸を押さえながら不安そうに須藤は言う。

「何か最近変なんだ。胸にしこりみたいなのができて、押さえたり、うつ伏せて寝ると痛くて。これ、やばいかな……、どうしよう」

ああ、それは第二次性徴に伴うなんたらだ、心配ない。と思ったが同時に、こいつは性教育の授業のあった日は学校を休んだりしていなかっただろうか、とちょっとそわそわした。自分の体のことを何も分かっていない。これから俺がしたいと思っていることも果たして分かっているのかどうか。

「調べてやろうか?」

「うん……」

セコいことしてるな、とは自分でも思う。でもとにかく今は須藤を脱がせたくて、触ったり舐めたりしたくてしょうがなかった。

須藤をゆっくりと押し遣って机の前に立たせる。そのままちょっと俺が体重を掛けると、須藤はぽすんと椅子に腰を降ろした。

キスをして、歯の裏側を舐めながらパーカーを脱がせる。長袖のTシャツを捲り上げて、

「脱いで」

と言うと、これも素直に袖を抜いてくれた。見ると白の薄手のタンクトップの下には何も着けていなかった。

「え、着けてないの?」

うっすらと乳首の色が透けて見える。首周りの日焼けのあとはくっきりとしていて、いつも隠れている内側の肌の色はびっくりするほど白い。

「何を?」

「いや、その……ブラジャー、とか」

「だってこれ、必要ないだろ。ぺったんこだもん」

ぺったんこと言うほどまるで膨らみがないわけではなかった。タンクトップの胸の辺りをしっかりと押し上げるだけの大きさは十分にある。ただ俺にはどのくらいの胸の大きさで女子がブラジャーを着けるのかとか、そういったことは全然分からないのだが。

タンクトップの上から胸に触った。乳輪を指ですりすりと撫でる。乳首を摘んでこりこりと捏ねてやると、須藤は鼻声のような少し甘ったるい声を漏らした。

「ううんっ……」

「痛かったら、痛いって言ってな?」

「ふわぁっ、ちょっ、んっ……さか、き……んんんっ!」

須藤のジーンズの止め具を外しながら、布越しの乳首にしゃぶりついて、小刻みに舌で撫で上げる。唾液をめいっぱい塗りつけて、ちゅっと吸ってやるとぷっくりと乳首は硬く勃ち上がった。それをまたべとべとに舐めまわす。反対側も同じように。

白い布の俺が舐めた部分だけぺっとりと乳輪に張り付いていて、こんないやらしいものはなかった。

須藤は全く抵抗もせず、腰を浮かせてくれる。ジーンズを下ろす。何の飾り気もない、ちょっとくたびれた薄いブルーの色の下着と筋肉で引き締まってむちっとした太もも。鍛えている身体はしなやかで綺麗だと、俺は純粋に思った。

「脚、上げて」

「えっ、何するの?」

「えっと、悪いようにはしないから、こう……」

膝の裏に手をやって脚を持ち上げる。背もたれにだらっと背中を預けさせて、脚は肘掛に引っ掛けて思い切りM字に開脚させた。尻を掴んでこちらへ寄せると、AVのジャケ写なんかで見たようなとんでもない格好になった。

「なんか恥ずかしいよ、この格好」

「だろうな」

「榊、オレのことどうしたいの?」

どうしたいのって、自分のものにしたいに決まってるじゃないか。それでも俺は恋心を拒絶されるのが怖くて、何も言えなかった。ただこの行為を拒絶されるだけなら、まだそれほど傷ついたりはしないはずだ。と、俺の頭はだんだん理屈をまともに考えられなくなってくる。

須藤の目の前にひざまずいて、中指で、できるだけそっと股のところを触ってみた。須藤の太腿がびくりと震えた。しかし、どのくらいが気持ちいいのか、力加減が全然分からない。

「痛くはないかな?」

尋ねると、須藤は頷いた。真ん中の辺りをそのまま下着越しにこすり始めると、ぴょこん、ぴょこんとつま先が動く。しばらく続けていると、小さな突起が硬くなってきて、愛液が染み出してきた。下着を汚すように、俺はそこを丁寧に弄ってやった。

舌でも撫でてやろうと、股の間に顔をうずめる。

「あっ、うぁっ、汚いよっ……舐めたらだめ……っ、あぁ……」

下着の上から股を舐め上げる。

「いいの?」

尋ねると、

「はぁっ、あっ、変な感じっ……、何で、こんな――

と呻いてその後は言葉にならなかった。須藤は俺が今まで聞いたことのない甘ったるい声を吐きながら時折体をびくびくと震わせた。

「あっ、あっ、うぅん……下に、おばさん居るのに……あっ――

「部屋まで来ないよ」

「でも、音とかっ……、聴こえたら……んっ」

「大丈夫だって」

何処にも大丈夫な保証なんてない。でも俺は興奮でそんなことはどうでもよくなってしまっていた。ただ須藤との行為にだけ集中したかった。

「声、もっと出してもいいよ。つか、出して。雨強くなってきたし、下まで聞こえやしないからさ」

下着はもう俺の唾液と須藤の出した愛液で透けてべたべただった。こういうことをすればちゃんと濡れるし、喘ぎ声だって出す。普段の男のような振る舞いから考えると、この逆の反応がますます俺をたまらなくさせた。俺が懸命に股を舐めながらチラリと見上げると、須藤は自分で乳首を弄っていた。

「自分で触ったりするんだ」

「だって、さっき榊がしてくれたの……気持ちよくて」

そう言われると我慢が出来なくなって、俺はシャツを脱いでそこら辺へ放った。須藤を抱え上げたはいいが、部屋には布団を敷いていない。どうするかと迷った挙句、

「ごめん、ちょっと痛いかもしれないけど」

と、畳の上に寝かせた。

裸にしてしまいたくて、恐る恐るタンクトップと下着を脱がせていくと、股の間に一本粘っこく糸が引いた。

「いつも一緒にいるけどさ……、やっぱ裸は恥ずかしいな」

須藤がこんなふうに体をもじもじさせて、恥ずかしそうに頬を赤らめるのを俺は見たことがない。緊張と興奮と、その他にも雑多な感情で俺はわけがわからなくなりそうだった。

圧し掛かって全身をこすりつけながら、俺も全裸になる。キスをする。舌を乱暴に突っ込んで口の中をめちゃくちゃにかき回した。口の中に溜まった唾液を飲み込む暇もないほど激しくするので、須藤の頬には俺たちの唾液がたらたらと伝っている。

唇から離れ、耳をしゃぶり、首を舐める。須藤は俺の舌の動きに合わせて敏感な体を震わせている。腰から尻を触って股の間へ手を入れると、

「ああっ!」

と大きく声を上げて、ふるっと腰を浮かせた。閉じようとする脚の間に指をねじ込む。穴の周りを撫でてみると、愛液が溢れていた。下に敷いている俺のシャツがべっとりと湿るほどぬるぬるだった。どのくらい濡れていれば挿入するのに問題ないか、などと考える必要もないほどで、俺は夢中で須藤の乳首を吸いながら柔らかい肉の間に指を埋めていった。

「もっと脚、開いて」

須藤は俺の指の侵入を拒むように太ももを擦り合わせている。

「あん……、でもっ……わっ」

強引に膝を持って開かせた。この目で確認してやろうと体を起こして顔を近づける。開かれた部分は濃いピンク色でとろりとして卑猥としか言いようのない見た目だった。小指の大きさほどの突起があり、そこから下に伝っていくと弁のような形の肉の内側に膣口と思しき穴が開いている。確かに穴のようだが、こんな狭そうな所へ本当に性器を入れていいものだろうかとひどく不安になるような場所だ。体の小さな須藤だから、ここもこんなに小さいのだろうか。

陰毛はごくうっすらと申し訳程度に生えていて、それも愛液でべっちょりと貼り付いて余計に薄く見えた。脚を持ち上げて尻の穴まで見えるようにする。ふうっと息を吹きかけると、きゅっと穴が窄んでいやらしい。

「やっぱ舐めるんだ……」

股に顔を近づけた俺に須藤はそう言う。

「うん、痛いことはしないから」

まだ、と内心で呟きながら、甘いような、すえたような香りを放つ部分に唇を近づける。

「うぅっ!」

ぷくっと膨らんだ突起を唇で挟んで、舌で舐め上げる。さっき下着の上から舐めたときも気になっていた場所だ。チロチロと動かすと、須藤の反応がすごい。

「ひっ、ひんっ、だめっ、だめぇ……」

ああ、ここが一番いいのかな。そう思いつつ自分の貧相な性知識を総動員してそこを責める。

「やぁ……や……ああああっ――

確か男と同じように包皮にくるまっていて、それを剥いて刺激してやると気持ちいいらしい。と、いうのを何かで読んだので素直に実践する。

指でちょっと押し広げて、皮をむくように上の方へ持ち上げてやると、すんなりと真っ赤な部分が出てきた。敏感そうなそこに舌でそっと触れてやる。

「ひうぅんっ――! 榊っ、榊っ! それはだめっ、だめえっ!!」

駄目と言われるのに余計に興奮してしまった俺はぴちゃぴちゃと舌で卑猥な音を鳴らしつつ、時々ちゅっと軽く吸ってやる。吸ったときに「あひっ!」と叫んで大きく仰け反ったりしながら須藤は快感によがりまくっていた。

そろそろこちらも慣らした方がいいかと、俺は自分の中指を唾で濡らした。ぱっくりと口を開けている膣の入口に指をあてがう。もしかすると指だけでも痛いかもしれない。それでもこれほど感じているなら少しは、と不安に思いつつ侵入させると、たっぷりと濡れているせいで、指一本なら意外とすんなり入った。ぬるっと入れた瞬間に腰をびくんと跳ねさせて須藤は声を上げた。

「えっ!? やっ……、なに? んんっ、あ……ん……」

入ったはいいが、締めつける強さはすごい。指の出し入れに合わせて、きゅっ、きゅっと粘膜が締まる。この強さで性器が締め付けられるのか、と想像すると、今すぐ擦りつけたくてたまらなくなる。

「痛いか?」

須藤はぷるぷると首を振った。顔を見ると、ちょっと泣いたように目が潤んでいる。

「ゆっくり指で慣らしていこう」

出し入れしながらそう言うと、

「え……何? 慣らすって……あ、はぁ……」

突起を親指で擦った途端に、須藤の言いかけた言葉が浅い呼吸に埋もれた。

俺は体を須藤にぴったりと寄り添わせた。左腕は腕枕にして、回したその手で左の乳首をつまんだり、転がしたりする。右の乳首に吸い付く。右手は股間へ。脚は閉じないように俺の足でロック。何だか技を掛けているみたいな格好で、俺は須藤のことを弄り回した。

指を二本に増やしてみた。さすがにかなりキツい。それでも膣の中で滑らかに動かせるくらいにはしっかり濡れているので、ぐちゅぐちゅと掻き混ぜながら、親指で剥き出しの突起を捏ねた。

「も……だめ……。オレ、おかしくなっちゃうよ……あぁ……は……」

「なっていいよ」

なるべく優しくそう言うと、須藤は嫌だというように首を振る。

「ああぁ、あついよ……」

「暑い?」

「ああ……ん……分かんない、わかんない……アンッ!」

「ここ、もっとした方がいい?」

俺は膣の中の一部少しざらついた所を軽く押すように指を出し入れしながら、突起をそっと潰すように弄る。

「んんっ……やぁ……」

「この辺かな?」

「あ……うん……」

「さっきの強いやつの方が良かった?」

俺は須藤にもっとねだって欲しくて、色々尋ねてしまう。須藤は、はっきりとはねだらないまでも、答えようとはしてくれているようなので、俺は探り探りに愛撫した。そうしていると、須藤の膣の内側が、次第にピクピクと反応しだした。俺は指の往復に速度をつけた。

「あああっ! ひぃっ! あつくて、しびれるっ、ダメだよ! ダメっ――

「気持ちいいか?」

「すごい気持ちイイっ! うあぁっ、あんっ、あんっ、榊! オレ、もうっ――

涙目で気持ちいいと訴える須藤に俺の方が先に爆発しそうだった。須藤はぶるぶるっと大きく震えて、腰から胸にかけてめいっぱい仰け反らせ、足をぴんと伸ばした。俺は乳首をきつく吸う。

「ふああああああっ――!」

須藤は叫んだ。一時はだいぶ緩くなっていた膣の壁が、いきなり緊張して、今までにないほど激しくビクビクと痙攣した。指のまわりに愛液が纏わりつく。次の瞬間、俺の右手全体が勢いよく濡れた。何か噴き出してしまったらしい。

「あー……、あ……、うぁ……はぁ……」

ぜいぜいと息をついている須藤の中から指を引き抜くと、とろりと糸が引いた。手のひらが飛沫でびしょびしょだ。舐めてみると、なんとなくしょっぱいような気はしたが、はっきりとした味みたいなものはなかった。

「はぁ……はぁ……、さかき……」

須藤が見つめてくる。軽くくっ付けるだけのキスをすると、笑ってくれた。

「あの……」

「うん?」

「胸が痛いのは、大丈夫だったってこと?」

「う……、多分大丈夫じゃないかな。気持ちよかったってことは」

騙していることに、罪悪感はあった。

「そっか……うん。あのさ、こういうのってさ……」

言いにくそうに一言一言をゆっくりと喋る須藤の髪を撫でてやると、

「えっと、やっぱり、その……セックス、とかさ、するの?」

と尋ねてくる。ギクリとした。けれど結局俺がしたいのはそういうことなのだ。

須藤は一体この行為の何を知っていて何を知らないのか、俺にはさっぱり分からなかった。知らないのをいいことに須藤の体にいやらしく触りまくって、挙句裸にしてセックス手前までしてしまっているのだが、おかしいとは思わないのだろうか。それとも須藤は俺に最後までさせてもいいと思ってくれているのだろうか。

「俺は、したいけど。無理強いはしたくないけどさ」

「ああ、やっぱ……するものなんだ……」

須藤はだいぶ崩れてしまった化粧の、辛うじて綺麗に残っている眉毛を下げて、困ったように呟いた。まるでさっきまでの愛撫とセックスが繋がっていないもののような口ぶりに、俺は少し悲しくなった。

アーケードに打ち付ける雨粒がざらざらと滑って流れ落ちる一連の音はさっきよりも大きい。

「オレ、榊なら……いいかな……」

「えっ?」

「してもいいよ、セックス。何でするのかよく分かんないけどさ、まあ、オレでよかったら」

「うん……」

よく分からないのか、寂しいな。それでも俺には体を許してくれるということが、嬉しかった。彼氏でもない、好きでもない男とやるって、女にとってはどうなんだろう、という疑問が頭の中に湧いたが、すぐに振り払った。

須藤の上に乗る。キスをしたまま脚を広げて、その位置にあてがった。しかし、痛くないよう気を遣ってそっと、なんてやってたんじゃ到底入りそうもないほど入口は狭いし硬い。すぐに押し戻されてしまう。

「ごめん、ちょっとだけ我慢して」

一息にぐっと性器を押し込むと、それまでいたずらに絡んでいた舌が引っ込んで、呼吸が乱れた。

「ごめん」

「いたい……」

須藤はすごく浅い呼吸をして、耐えている。

「あんまり痛かったらやめるから」

「このくらい……我慢、できるっ――

もう進めない、というところまで深く入れた。体の中ってすごく熱い。須藤は苦しそうな顔をして俺の腕にしがみついたままだ。

「入ったよ、全部」

「うん、なんか……すっごい拡がってる感じがする……」

「もうちょっと力抜ける?」

「ふぅ……、ん……頑張ってみる……」

痛いだろうに我慢して。たまらなくなる。ああ、やっぱり可愛いな、好きだな。好きな女とこんなことできて俺は幸せだな。

というところまで考えて、いや、と思い直した。所詮、何も知らない女の子を騙して悪戯している俺だ。もしくはゴーカン……。いやいや、と俺は思考を振り払った。須藤は俺を拒絶しない、最初から。だからこれは合意の上、ということになるはずだ。

俺はゆっくりと腰を動かし始めた。硬い部分を引っ掻くと背中にゾクッと快感が走る。柔らかい部分は絡み付いてくる。すぐにでも出てしまいそうなのを必死で押さえる。

「ハァッ、ハァッ……」

「あ……、あぁっ……」

動かしながらキスをすると、須藤はちょっと笑った。くしゃくしゃと髪を撫でてくれた。俺は須藤の首筋に顔をうずめて、ただ腰を振った。汗とかすかに石鹸のにおいがする。

「なあっ、榊……なんで?」

「ん?」

「なんで、オレと……っ、するの……?」

今の質問はたぶん俺の方が痛い。セックスするのに何でこんな打ちのめされるような気持ちになるのか全く分からなかった。答えずに夢中で動いた。気持ちがいいのに苦しい。

「ハァッ、ハァッ……アッ……くっ――

「榊……?」

須藤の視線に自分の性欲を咎められている気分だった。それでも気持ちいいもんは気持ちいいわけで、しかし俺は、

「お前のこと、好きだからに決まってるだろうが」

気付けばそんな台詞を吐いていた。俺のカスみたいな理性に反して、口はペラペラと本音を捲くし立てている。須藤の顔なんて今は見られそうにない。目をつぶって必死でガツガツと腰を打ちつける。

「ずっとお前と……、こうしたくて――

ずっと気持ちを隠してきたのに。こいつにこんなこと言ったって、拒絶されるだけだって分かってるのに、口は止まらない。

「好きだよ須藤っ、好きだ、好きだから――

腹の中を全部ぶちまけてしまうと同時に、急速に射精感がせり上がってきた。

「須藤、須藤っ!」

「はぁっ、はぁっ……さかきっ……大丈夫?」

須藤をつぶれるくらいきつく抱いて、思い切り腰を打ちつけた。もうヤケクソだった。須藤が痛がっても優しくしてやれる余裕すらない。

パンパンと、乱暴な音が鳴る。須藤、ごめん。友達だって思ってただろうに、適当にうまいこと言って、乗せて、こんな無茶苦茶なことをして。

「出るっ――

急に来た感覚に、性器を引き抜こうとしたが、体がついていかなかった。そのまま須藤の中へ精液を滴らせてしまう。

「ごめん……、間に合わなかった」

言いながら結局出し切るまで腰を打っている俺は馬鹿だ。

「はぁ……はぁ……、榊、苦し……かったの? 痛かった?」

そうだよ、苦しかったし痛かったよ、ずっと。してる間は体だけ気持ちよかったよ。射精して、性欲がスッと引いていくと恐ろしく冷静になるところは、独りで慰めるときもセックスも変わらない。

俺は首を横に振って、「気持ちよかったよ」と呟いた。須藤の中から出ると、性器に付いてドロリと出てきた精液に少しだけ血が混じっていた。

「榊は、オレのこと好きなの?」

とても小さな声で須藤は尋ねる。

「ああ、ずっと前から……」

「そっか、オレ気付かなくて」

須藤はゆっくりと体を起こした。

「あ、ごめん……榊のシャツ、びしょびしょにしちゃった……」

尻の下のシャツは色々な液体で濡れてぐちゃぐちゃになっている。

「いいよ」

俺は力なく答えた。

「オレ、ごめん、よく分からない。榊のことは好きだよ。でも恋愛とか、分かんなくて」

「そっか」

「恋愛の……好きってやつなんだろ? 榊のは」

「そうだよ」

答えると須藤は俯いたまま、か細いため息をついて、

「ごめん。オレ何て言ったらいいのか分かんない……ごめん、ごめんね」

と呟いた。声は少し震えていた。

須藤は「大丈夫だよ」と言うものの立ち上がるときに下腹部を押さえて痛そうな顔をするので、抱き起こしてやった。涙やら何やらのせいで化粧が崩れてしまったこの顔を俺の母親に見られると、明らかに俺が怒られるだろうと気を揉むので、風呂を貸してやって、そのまま家に帰した。俺は始終頭がぼうっとしていた。

結果的にふられてしまったことよりも、快感の余韻や、中に思いきり出してしまったが大丈夫だろうか、などということに俺は気を取られていた。明日も普通に学校で顔を合わせなければいけないのが、歯痒い。休もうかとも思ったが、須藤に対するひどい当て付けのような気がしてやめた。

自分が失恋に傷付いたつもりでいるが、俺が須藤を傷付けたのは明白だった。泣きたいのはあいつの方なのだ。わけの分からないまま、友達にやられるなんて思いもしなかったろう。

須藤の様子を見かねたのか、母が二階に上がって来て、

「敦司、あなた純ちゃんのお化粧をからかったりしたんでしょう」

と言ってくるので、無性に腹が立って、

「そんなことしてねえよ」

と乱暴に言い放った。俺は頭を掻き毟った。しかし、イライラが募るばかりでどうしようもなかった。殴りつけるような雨と風が窓ガラスをガタガタ揺らしていた。

>>後編へ続く

初出:Jun17, 2010 エロパロ板 【処女】ボーイッシュ六人目【貧乳】

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